思考に気をつけよう。いつかそれが運命になるから。話の奥を想像する。人間関係は思考の深さで良好になる
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思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。
上の言葉は、かの有名なマザーテレサの言葉です。
子供の前に立つ私たち教師には特に気をつけなければいけないと思っています。
以前、職場でこんなことを職員室で大きな声で話をする先生に出会ったことがある。
「私のクラスの〇〇君。△△君のこといじめてたのよ!だから私、きつく叱ってやったわ!」
「最近うちのクラスの××が調子にのってる。ちょっと優しくすればつけ上がって横柄な態度を取るようになるんだ。そろそろ締めなければ」
私はこのような話を聞くたびに
正直ゲンナリしてしまいます。
もちろん、本当にいじめが起きていたらいけないし
社会でのマナーや思いやり、敬う気持ちを忘れるのはいけないことです。
しかし
私の中では
本当にそうか?
本当に子どもはあなたが思うような悪い子どもですか?
という気持ちがまず湧いてきます。
もう少し深く思考をしてみると
もう少し違った角度で思考してみると
実は悪い子なんかではなく
手を差し伸べるべき子なのかも知れないということが想像できます。
例えば上の
「私のクラスの〇〇君。△△君のこといじめてたのよ!だから私、きつく叱ってやったわ!」
という場面。
〇〇君が△△君にカンチョーでもしていたとします。
それを見て、何も考えずに反応してしまうと
〇〇君→いじめてる子
△△君→いじめられてる子
になります。
そこで
「何をやっているんだ!!」と怒る。
まぁ、その場ですぐに指導をという考え方は間違っては無いですが
私は
思考が浅い
と感じます。
ここで少しだけ深い思考をしてみます。
もしかしたら〇〇君は
カンチョーをしたかったのではなく
カンチョーをすることで、△△君の気を引きたかっただけなのかも知れない。
もしかしたらカンチョーが流行っていて
なんとなくやりたかったのかも知れない。
もしかしたら、家庭やどこかでストレスが溜まっていて、その発散方法が分からず、仲のいい子で、許してくれそうな子にカンチョーをしたのかも知れない。
そんな風に思考をちょっとだけ深めるだけで
いきなり
「いじめだ!きつく叱ってやったわ」
とはならないのではないかと思います。
起きている出来事に反応して
そのまま対処をするだけなら
誰だってできます。
その行動に至るまでの背景を想像し
思考してから話を聞くことこそ
本当にコミュニケーション能力がある人がすべき行動なのではないでしょうか。
正直に話すと
私も、同じようなことを何度もしてしまっています。
一度「これはいけない!」と考えると
その思考にとらわれて、他の可能性を考えにくくしてしまいます。
(それを「初頭効果」と言います。)
指導をし終わる度に
「他の考え方はなかったのか」
「本当に自分の思考は正しかったのか」
「変な先入観で子供の話を聞いていなかったか」
と考えます。
間違えることもあるし
変な先入観で子供に指導してしまったこともあると思います。
逆に、しっかり指導できたり、いじめを予防できたこともあると思います。
しかしそれを
他の先生や他の人に
「指導してやった」
「指導しなければ」
と話す必要はあるのでしょうか。
少し批判的になってしまいましたね。
最後にマザーテレサの言葉をもう1度
思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。
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